地震そのとき

会社で自席でパソコンに向かっていた。初めて体験する大揺れ。机の下に隠れていた時間の長かったこと。入居しているビルが古くて壁が激しくきしんでいて、ビルごと崩れてしまったらどうしようかとずっと考えていた。

揺れがおさまったときにあわててオフィスの外へ社内の全員へ脱出。徒歩1分の場所に緊急避難場所に指定されている中学校があって、そこへ避難しに行った。

 

 

中学校の校庭。近隣で働いてるひとたちも集まってきていた。校舎の中には下校時間間際の生徒がずっと教室内で待機させられていて、校庭にいる自分たちに手を振ったりしていた。左側に見えるビル2つは朝日新聞本社。すぐにヘリコプターが上空を旋廻していた。待ちながら、携帯電話ワンセグでニュース番組を見て、津波の映像を見てみんなで絶句したり。

 

 

 

揺れがおさまって、会社に戻ってきたのが2時間ほど経過したあと。
オフィスのあるビルは2つの建物が増築されてくっついた構造になっていて、ちょうど自席のまわりがそのつなぎ目。これまでの小さい地震で揺れるたびに、つなぎ目の右側と左側とで別々の周期で異なった揺れ方をしていて、つなぎ目がきしむ音がしていた。今回はさすがにそれが限界を超えたようで、つなぎ目を塞いでいた鉄板がはがれて、中からコンクリートの破片がパラパラと噴出していた。ほかにも机の上から本が崩れ落ちて散乱していたりしてたけど、このコンクリ破片のほうが絶句度が高かった。

 

 

で、さあ帰宅。自分は自転車で来ていたのでいつもどおりの帰路だったんだが、電車が一通り止まっていたので、道路は歩いて帰る人たちで超ごった返し。ものすごい人の波。自動車も大渋滞していてほとんど動かない。人と自動車とで道路は埋め尽くされていたのですいすい走れるわけもなく、結局自転車でも普段の倍くらいの時間がかかった。途中で気がついたのは、ごった返してる人のほとんどはこの辺の道路に詳しいわけじゃなくて、地図を片手に遠くまで通じている大きい道路を歩いている人たちばかり。なので、大通りを避けて広域地図には載ってないような裏道を選べば比較的スムーズに走ることができた。もしまた同じ機会があったときのためのライフハック。といってももちろん同じ機会は起きて欲しくない。
途中のバス停には普段の10倍くらいの人が並んで待っていて、でも道路渋滞しててバスも全然来ないし、ようやく来たと思ったらすでに超満員でもう1人たりとも乗れない、って光景を何度も見かけた。こんな状況でも、何時間も歩いて帰れないような高齢者や子供なんかだとバスとかじゃないと帰れないよなあ、と思うととても複雑な気分。

 

 

そしてようやく無事に帰宅。部屋の中はどうなってるかと心配していたが、思ったよりも荒れていた。

 

 

一番酷かったのが台所。棚の上に置いてあった電子レンジが床の上にひっくりかえって落ちていた。その近くに置いていたブルーベリージャムも一緒に床にたたきつけられたようで、この写真の手前のほうではビンが割れてガラスの破片が飛び散っていて、かつ中身のゲル状のブルーベリージャムも散乱していてなかなかスプラッターな光景。
ほか、家中の引き出しがすべて開いていて、背の高い観葉植物が倒れて鉢の中の砂や砂利が床に広がっていて、トイレが水浸しになっていていた。ほか、割れてはいなかったけれど姿見が倒れていたり、倒れてはいなかったけれどテレビが台ごと移動していたり、片付けるのにだいぶ手間がかかった。転落していた電子レンジは、外枠の鉄板がゆがんでいて扉がきっちり閉まらなくなっていて、扉がちゃんと閉まらないと加熱されない仕様になっていたようでどうしようかと思ったんだが、いちど外枠鉄板をドライバー使って外して付け直したら、歪みが直ってなんとか使えるようになった。

 

 

 

という感じで、自分のすぐ周りでもこれだけのことがあって、まったくの非日常な時間だった。
が、テレビで被災地の情報を見てるとこんなものとは比べ物にならない惨状ばかりで言葉が出ない。できる限りの救出が進んで、スムーズに復興へ進み始めることを心から祈ります。